DIAMOND HEAD2017.04.14

Line-Up:
エディ・ムーハン (Bass)
ラスマス・ボム・アンダーセン (Vocals & Orchestration)
ブライアン・タトラー (Lead & Rhythm Guitars)
アンディ・アバーリー (Rhythm & Lead Guitars)
カール・ウィルコックス (Drums)

Discography:
1980 Lightning to the Nations
1981 Diamond Lights (EP)
1982 Borrowed Time
1983 Canterbury
1992 The Friday Rock Show Sessions (Live)
1993 Death and Progress
1994 Evil Live (Live)
2002 Acoustic First Cuts (EP)
2005 All Will Be Revealed
2006 It’s Electric (Live)
2007 What’s in Your Head?
2016 Diamond Head

Biography:
後のシーンに多大なる影響を与えたNWOBHMの伝説、DIAMOND HEADの歴史は、チープなファズ・ギターを抱えたブライアン・タトラー<g>とビスケットの缶を手にしたダンカン・スコット<ds>が曲作りを始めた1976年に遡る。ブライアンの部屋には1975年にリリースされたフィル・マンザネラのアルバム「Diamond Head」のポスターがあり、バンドの名前にはピッタリだと思っていたが、彼らにはシンガーがいなかった。学校の友達を何人かオーディションする中で、”Be-Bop-A-Lula”を見事に歌うショーン・ハリスの話を聞きつけたブライアンは、彼をオーディションに招待すると、1曲歌った時点で加入が決定した。ベースには、ブライアンの中学時代の友人、コリン・キンバリーが加入してラインナップが完成した。

ファースト・デモは、1979年にキダーミンスターのスタジオでレコーディングされた。主にライヴの機会を得るために使用されたこのデモは、『Sounds』誌の記者、ジェフ・バートンにも送られ、予想通り感銘を受けた彼はこの無名のバンドのデモを自らのプレイ・リストに掲載した他、バンドのインタビューも行った。絶え間ないライヴ活動が実り、バンドはボン・スコットを擁するAC/DCの最後の2公演と、IRON MAIDENのサポートを務めるという名誉ある機会を得た。1980年初頭には、自主制作で”Shoot Out The Lights”のシングルをリリースした。

同年3月、ウスターの『Old Smithy Studio』に入ったバンドは、デビュー・アルバム「Lightning To The Nations」のレコーディングを行う。後にMETALLICAがカヴァーすることになる”Am I Evil?”や”The Prince”, “Helpless”, “It’s Electric”など全7曲を収録したこのアルバムを手にレコード契約を探すものの実現せず、バンドは自ら1000枚をプレスし、ライヴ会場と『Sounds』誌の通販を通じて£3.50で販売した。初回プレスにはアルバム・タイトルも曲名も表記がなかったため「The White Album」とも呼ばれたが、追加プレスの1000枚にはレーベルに記載された。その後、セカンド・シングルとして、ロビン・ジョージのプロデュースによる”Sweet & Innocent”がリリースされ、翌1981年には両A面シングル”Waited Too Long” c/w “Play It Loud”と4曲入り12″EP「Diamond Lights」がリリースされた。

そして遂に『MCA Records』との契約を果たしたバンドは、1982年、アルバムに先駆けて”Call Me”を表題曲とする4曲入りのEP「Four Cuts」を、続いてシングル”In The Heat Of The Night”をリリースすると、同年夏にはキャンセルしたMANOWARの代役として急遽『Reading Festival』に出演を果たす。この模様は、10年の時を経て「The Friday Rock Show Sessions」としてリリースされた。そして同年9月、メジャー・デビュー・アルバムとなる「Living On… Borrowed Time」がリリースされた。ロドニー・マシューズによる幻想的なアートワークを採用した見開きジャケットで発売されたこのアルバムは、イギリスのチャートで24位を獲得。バンドは10月から11月にかけ、『Birmingham Odeon』、『Manchester Apollo』、ロンドンの『Hammersmith Odeon』といった会場をサーキットする12公演にわたるイギリス・ツアーを行った。

翌1983年に入ると、バンドはアルバムに先駆けてシングル”Makin’ Music”をリリース、続いてアルバム「Canterbury」をリリースする。レコーディングの途中でダンカンとコリンが脱退したため、セッション・ミュージシャンを起用して完成されたこのアルバムは、音楽的な方向性が前作と異なったこと以外にも、初回生産2万枚にプレスミスが発生するなど不運も重なり、イギリスのチャートで32位を記録したものの、販売枚数は前作を下回るなど、セールスは伸び悩んだ。ドラマーにロビー・フランス(後にUFOへの在籍を経てSKUNK ANANSIEを結成)、ベーシストにマーヴ・ゴールズワーシー(後にSAMSON〜FM)を迎えたバンドは、同年夏、WHITESNAKEがトリを飾った『Monsters Of Rock Festival』のオープニングを務め、9月にはBLACK SABBATHのヨーロッパ・ツアーに参加、10月には自らイギリス・ツアーを行ってアルバムのプロモーションを行うが、翌年1月には『MCA Records』から契約を解除されてしまう。次なるアルバムを制作すべく作業を開始したバンドだったが、レコード契約を得ることができず資金不足に陥ったため、最終的には解散への道を辿る…。

バンドの解散後、ブライアンはRADIO MOSCOWを結成して1枚のEPとアルバムを、ショーンはロビン・ジョージとNOTORIOUSを結成してアルバム1枚とシングル1枚を発表する。その後、1990年になり、ショーンと 新しいDIAMOND HEADのアルバムを作ることに興味があるかと打診されたブライアンは、早速曲作りを開始。NWOBHMの時代にREQUIEMでシングル”Angel Of Sin”をリリースした(後にREKUIEMと改名して復活、アルバム「Time Will Tell」をリリース)他、RADIO MOSCOWやNOTORIOUSにも関わっていたカール・ウィルコックスをドラムに、ベーシストにはエディ・ムーハンを迎えたバンドは、1991年春、DEAD RECKONINGという変名でいくつかのライヴをこなすと、同年7月、正式に復活を発表する。秋にはツアーも行った他、同年末には2曲入りの12インチ・シングル”Wild On The Streets”もリリースされた。長期にわたるレコーディング中にベーシストがピート・ヴコヴィッチに交代するも、BLACK SABBATHのトニー・アイオミがソングライティングとギターで、MEGADETHのデイヴ・ムステインがギターと自らが参加した楽曲のミックスで、それぞれゲスト参加したこの復活作「Death And Progress」は1993年6月にリリースされ、5万枚以上を売り上げるヒットとなった。バンドはそれと前後し、イギリスは『Milton Keynes Bowl』で開催されたMETALLICAとMEGADETHの初の共演コンサートにオープニング・アクトとして出演、この模様はアルバムの未発表曲などを追加して翌1994年に「Evil Live」としてリリースされた。だが、このライヴを最後にバンドは7年もの間、人前に姿を現すことはなかった。その後、ブライアンはケルティック・ロック・バンド、QUILLに参加、3枚のアルバムでプレイした。

時は過ぎて2000年末、ブライアンとショーンはアコースティックでDIAMOND HEADの楽曲をプレイするプロジェクトを始動、サイド・ギタリストにフロイド・ブレナンを加えた3人編成でいくつかのライヴを行うと、4曲入りのEP「Acoustic First Cuts」をリリース、『Rock Shield Festival』にも出演を果たした。こうしたアコースティックのライヴ活動は再びDIAMOND HEADへの関心を高めていき、曲作りも再開された。アメリカはニュージャージーの『Metal Meltdown IV Festival』からオファーを受けたバンドは、エディ・ムーハンとカール・ウィルコックスを呼び戻すと、フロイドも含む5人編成で4公演のイギリス・ツアーを行ってウォームアップを行った後、2002年4月、ヘッドライナーとして同フェスティヴァルに出演を果たす。バンドにとって初のアメリカ上陸となったこの公演は大きな成功をおさめ、バンドはイギリス帰国後、まだ屋内で開催されていた『Bloodstock Festival』に出演を果たした他、9月にはクラブ・ツアーを行い、そこでは新曲も披露された。

2002年末から2003年初頭にかけ、バンドは「Death And Progress」の共同プロデューサー、アンドリュー・スカースとスタジオに入りニュー・アルバムのレコーディングを行うが、ショーンがDIAMOND HEAD名義でリリースすることを好まず、結果的にこの作品はお蔵入りとなってしまった。同年にはドイツ『Wacken Open Air』への出演が発表されるが、ショーンが参加できず、バンドはTYGERS OF PAN TANGのオリジナル・シンガー、ジェス・コックスをゲストに迎えてパフォーマンスを行った。また、サイド・ギターも、フロイドに代わってエイドリアン・ミルズが参加した。そして2004年、バンドは遂にショーン・ハリスと袂を分ち、後任にニック・タートを迎えてアルバム「All Will Be Revealed」のレコーディングを行う。初期の「DIY」のアティテュードに立ち戻り、1000枚限定の自主制作でリリースされたこのアルバムは、ライヴ会場やバンドのホームページを通じて販売され、瞬く間にソールドアウトとなった。2005年2月、バンドはMEGADETHのサポートとしてヨーロッパ・ツアーを行うと、昔からのファンに好印象を与えただけでなく、新たに若いファンも開拓することに成功した。その後、このアルバムはアートワークを変えて『Cargo Records』からリリースされ、後に日本盤も発売された。11月には『London Astoria』で行われた『The 25th Anniversary of NWOBHM』にヘッドライナーとして出演(他の出演者は、WITCHFYNDE, PRAYING MANTIS, BRONZ, JAGUAR)、この模様は翌2006年にCD「It’s Electric」およびDVD「To The Devil His Due」としてリリースされた。

エイドリアンの後任にアンディ・アバーリーを迎えたバンドは、2007年に入ると通算6枚目となるアルバム「What’s In Your Head」をリリース。ドイツの『Keep It True』やウェールズの『Hard Rock Hell』といったフェスティヴァルに出演した他、バンド史上初となるアイルランドでのヘッドライナー・ツアーも行った。同年末には、THIN LIZZYの「Live And Dangerous」30周年記念ツアーのスペシャル・ゲストとしてイギリスをサーキットした。そして翌2008年2月には、待望の初来日を果たし、その後イギリス・ツアーも行った。2010年にEUROPEのスペシャル・ゲストとしてイギリス・ツアーを行ったバンドは、2011年にはスラッシュ・メタルの「Big 4」が勢揃いしたイギリスとフランスの『Sonisphere』フェスティヴァルでオープニングを務めた他、カナダの『Heavy MTL』 『Heavy TO』といったフェスティヴァルにも出演を果たした。同年には、バンド史上初となるアメリカでのヘッドライン・ツアーを敢行、17公演を行った。

2013年には、春に15公演のアメリカ東海岸ツアーを行うと、秋にはUli Jon Rothとイギリスをサーキットした後、同じくNWOBHMの先駆者、RAVENと共に14公演の西海岸ツアーを行うなど、積極的なライヴ活動を継続したバンドだったが、2008年にシンガーのニックが家族と共にオーストラリアに移住したことで、ツアーのたびにニックを呼び戻すのが困難になっただけでなく、曲作りやリハーサルもままならなくなったことから、2014年初頭、ニックと袂を分かち、イギリス在住のシンガーを探すことを決断する。エディの友人を通じ、デンマーク生まれでロンドン在住のシンガー、ラスマス・ボム・アンダーセンを迎えたバンドは、ドイツ『Headbangers Open Air』やイギリス『Hard Rock Hell』といったフェスティヴァルへの出演を含むヨーロッパ・ツアーを行って、新たなラインナップのお披露目を行った。

ツアーを行う中で、新作を作ろうという提案を受けたブライアンは、2007年頃からあたためていた45ものアイディアが収録された2枚のCDをラスマスに渡す。加入してまだ日が浅く、第三者の視点を持った彼がバンドにふさわしいと判断してピックアップしたアイディアを、初期のようにメンバー全員がリハーサル・ルームで形にしていくと、2015年7月、ウォルソールの『Vigo Studio』にてレコーディングを開始する。バンドのセルフ・プロデュースのもと、SLIPKNOTのPAを担当するデイヴ・ニコルズがミックスを担当したこの通算7枚目のアルバムは、新たな門出にふさわしく「Diamond Head」と名付けられ、2016年7月、未発表曲を含むボーナス・トラック2曲を追加収録して、SPIRITUAL BEASTよりリリースされる。

なお、バンドはそれと前後して『Muskel Rock』 『Sweden Rock』 『Bloodstock Festival』といったフェスティヴァルに出演する他、8月から10月初頭のイギリス、アイルランドのツアーを経て、11月には19公演におよぶ北米ツアーを行う予定となっている。

Websites:
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