TOKYO BLADE2017.04.20

Line-Up:
アンディ・ライトン (Bass)
ジョン・ウィギンス (Guitars)
ニコライ・ルーノウ (Vocals)
スティーヴ・ピアース (Drums)
アンディ・ボウルトン (Guitars)

Discography:
1983 Tokyo Blade
1984 Night of the Blade
1985 Blackhearts and Jaded Spades
1987 Ain’t Misbehavin’
1989 No Remorse
1996 Burning Down Paradise
2009 Live In Germany
2011 Thousand Men Strong

Biography:
『The Blade is back!』 かつてNWOBHMのシーンの先頭に立っていたバンドの一つ、TOKYO BLADEが、過ぎし日の栄光を甦らせる新たなるアルバム「Thousand Men Strong」を引っ提げてシーンに還って来た!

今から遡ることちょうど30年前の1981年、ギタリストのアンディ・ボウルトンは、アラン・マーシュ<vo>、レイ・ディスモア<g>、アンディ・ロビンス<b>、スティーヴ・ピアース<ds>とともにソールズベリーでバンドを結成する。当初はKILLERという名前でデモテープを発表、その後バンド名をGENGHIS KHANに変えて7インチEPを発表すると、最終的に1983年にTOKYO BLADEと改名する。その後レイ・ディスモアに代えて元DEEP MACHINEのジョン・ウィギンスを迎えたバンドは、同年末、『Powerstation』よりデビュー・アルバム「Tokyo Blade」をリリースする。翌1984年2月にVENOM, METALLICA, SAVAGEらとともにオランダで開催された『Aardschokdag』に出演すると、4月には『Earthquake Festival』でヘッドライナーも務めた。この間にベーシストに元DEEP MACHINEのアンディ・ライトンを迎えてニュー・アルバムのレコーディングを開始。一度はレコーディングを終えたものの、アラン・マーシュが脱退したため後任にヴィック・ライトを迎えて新たにヴォーカル・トラックのレコーディングを行い、同年秋、NWOBHMの歴史に燦然と輝く名盤「Night Of The Blade」をリリースする。

ヨーロッパ本土で大きな人気を博したバンドは、新たにドイツの『Steamhammer』と契約を締結すると、1985年にサード・アルバム「Blackhearts & Jaded Spades」をリリースする。また、同年『Camden Palace』で行われたライヴの模様はTV収録され、後にDVDとしても発売された。しかしながら、キーボードを導入、前二作とは大きく方向性を変えたこのアルバムは賛否両論を呼び、メンバーも一人また一人と去って行ったバンドは解散状態に陥ってしまう…。

ヴィック・ライトはアメリカに渡り、自らのバンドで活動した後、JOHNNY CRASHを結成して「Neighbourhood Threat」(1990)をリリースする。ジョン・ウィギンスは元IRON MAIDENのポール・ディアノ率いるBATTLEZONEに参加、「Fighting Back」(1986)「Children Of Madness」(1987)でプレイする。アンディ・ライトンは前任シンガーのアラン・マーシュと合流、元CHINATOWNのギタリスト、ダニー・グウィリムらとともにSHOGUNを結成、「Shogun」(1986)「31 Days」(1987)をリリースする(セカンドにはスティーヴ・ピアースも参加)。また、オリジナル・ベーシストのアンディ・ロビンスはギタリスト、マイク・グレイ率いるJAGGED EDGEに参加、その後2人はSKINを結成して活動を続けていく。

一方で残されたアンディ・ボウルトンは、新たなメンバーを迎えてANDY BOULTON’S TOKYO BLADEとして活動を継続、1987年の「Ain’t Misbehavin’」(ピーター・ズィトー/vo、クリス・ストーヴァー/b、アレックス・リー/ds)、1989年の「No Remorse」(マイケル・ポズ/vo、デイヴ・セール/b、アスター/ds、マイケル・マックヴィッツ/key)の2枚をリリースするが、大きな活動もできないままバンドは自然消滅してしまう。

その後、SHOGUNでの活動を終えていたアラン・マーシュは再びアンディ・ボウルトンと合流、SHOGUNのギタリスト、ダニー・グウィリム、コリン・リッグス<b>、マーク・エンジェル<ds>とともにMR. ICEを結成、EP「Have An Ice Day」をレコーディングする。URIAH HEEPのサポートとしてヨーロッパ・ツアーが決まるが、マネージメントはTOKYO BLADEの名前でツアーを行うよう主張。様々な意見の不一致からアンディは脱退、バンドは後任に元TOKYOのスティーヴ・カーを迎えてツアーに出発するが、帰国後彼は脱退する。残された3人はマネージメントのもとも離れ、新たにジェズ・リーをギタリストに迎えて新バンドPUMPHOUSEを結成、アルバムのレコーディングを行う。未発表となったこのアルバムだが、後にレコード会社の意向によりTOKYO BLADEのアルバムとしてリリースされてしまった。

1994年に入り、ドイツの『CMM』のオリー・ハーンから、TOKYO BLADEのようなバンドが復活するにはいい時代ではないかという話をされたアラン・マーシュは、かつてのメンバーにコンタクトをとる。アンディ・ボウルトンとジョン・ウィギンスは興味を示したが、アンディ・ロビンスはSKINでの活動に満足しており、アンディ・ライトンは既に引退、スティーヴ・ピアースには連絡がつかなかった。このため、リズム隊にはコリン・リッグスとマーク・エンジェルが収まってTOKYO BLADEは息を吹き返した。こうして1996年、『SPV』より復活作「Burning Down Paradise」がリリースされ、バンドはドイツの『Bang Your Head』に出演を果たす。なお、リズム隊の二人とジョン・ウィギンスは、ポール・ディアノのBATTLEZONEの復活作「Feel My Pain」(1998)にも参加した。

その後、またもバンドは活動を停止してしまうが、時は流れて2008年、バンドへの関心が衰えないことを知ったアンディ・ボウルトンは再度TOKYO BLADEを復活させる。アメリカの正統派ヘヴィ・メタル・バンド、OVERLOADEDのクリス・ギレン<vo>、フランク・サパルディ<b>、ロレンゾ・ゴンザレス<ds>の3人に、ギタリストのブライアン・ホランドを加えたラインナップで、バンドは『Die By The Sword』と題されたヨーロッパ・ツアーを行い、『Keep It True XI』フェスティヴァル出演の模様を収録したライヴCD/DVD「Live In Germany」をそれぞれ2009年/2010年にリリースする。一方でアメリカ人ラインナップと分かれたアンディは、20数年振りに偶然アンディ・ライトンと再会すると、彼を通じてジョン・ウィギンスとも再会してバンドを再始動、2010年初頭には最終的にスティーヴ・ピアースも合流してニュー・アルバムの準備を開始する。その際、クリス・タンガリーデス(OZZY OSBOURNE, JUDAS PRIEST, THIN LIZZY, GARY MOORE, ANVIL etc)がプロデュースを担当することも発表された。

その後、地理的な問題からクリス・ギレンと袂を分かったバンドは、新たにDOMAINのシンガーで、彼らの最新アルバム「The Chronicles Of Love, Hate And Sorrow」に参加していたドイツ人のニコライ・ルーノウを迎えてアルバムのレコーディングを始める。オフィシャル・サイトでTシャツ等の特典を付けたCDのプレオーダーを募集することでレコーディングの費用の約半分を捻出したバンドは、クリス・タンガリーデスのプロデュースのもと、約1週間でレコーディングを終える。完成したアルバムについて、アンディ・ボウルトンは「このアルバムは俺達の3枚目のアルバム、あるいは3枚目が本来こうなるはずだった作品と考えている。1984年発表の「Night Of The Blade」を自然と進化させたアルバムで、NWOBHMの栄光の日々を思い出させる」と語っている。バンドは更に「このアルバムは80年代初期のレコーディングのように敢えてライヴでレコーディングし、1週間ほどで作業を終えた。キーボードとかそういったくだらないものは入っていない – 100%ヘヴィ・メタルだ。才能溢れる新しいヴォーカリストのニコライと、ヘヴィ・メタル界の名プロデューサー、クリス・タンガリーデスの貢献は非常に大きい」と加えている。

完成したアルバムを手に、バンドはドイツの『Fastball Music』と契約を締結。初期からのファンだけでなく、優れたブリティッシュ・メタルを好む若いリスナーをも虜にするであろうこの「Thousand Men Strong」は、2011年5月、ボーナス・トラックを1曲追加収録して、SPIRITUAL BEASTより日本リリースされる。

Websites:
http://www.tokyoblade.com/