F.K.Ü.2017.04.20

Line-Up:
Larry Lethal – ラリー・リーサル (Vocals)
Pete Stooaahl – ピート・ストーアール (Guitar)
Pat Splat – パット・スプラット (Bass)
Unspeakable Emp – アンスピーカブル・エンプ(Drums)

Discography:
1998 Beware Of The Evil Ünderwear (Demo)
1999 Metal Moshing Mad
2003 Maniac Cop (Single)
2005 Sometimes They Come Back… To Mosh
2008 Horror Metal Moshing Machine (Single)
2008 Hirax / F.K.Ü. (Split)
2009 Where Moshers Dwell
2013 4: Rise Of The Mosh Mongers
2017 1981
2024 The Horror And The Metal

Biography:
ホラー・メタルの傑作が遂にここに誕生!帝王F.K.Ü.が戻ってきた!
80年代のホラー映画とS.O.D.に強くインスパアされたクロスオーヴァー・スラッシュ・メタル・バンドが約6年振りに放つ待望のニュー・アルバム!80年代のホラー映画から歌詞とビジュアルの両方のインスピレーションを受け、ベイエリアのスラッシュ・メタルに影響を受けたクロスオーヴァーなサウンドを武器にモッシュ・ピットにも火をつけるスラッシング・ホラー・メタル・アンセムをここに作り上げた!

ホラー映画 『エルム街の悪夢』シリーズで世界中を恐怖に陥れてきたフレディ・クルーガー。そんな彼のアンダーウェアというユーモラスな単語“Freddy Krueger’s Underwear”の頭文字をもじったバンド、F.K.Üが結成されたのは、1987年まで遡る。北欧はスウェーデン中部の都市、ウプサラにて結成され たバンドは、当初クロスオーヴァー・スラッシュと呼ばれるジャンルの第一人者、S.O.D.の影響を強く受けたサウンドを目指していたが、数回のリハーサ ルを行った後、すぐに解散してしまう。

時は流れ10年後、1997年に一人の男によってバンドは再び活動を開始することとなる。後に同郷のDARKANEやフランスのSCARVEにも加 入し活 躍することになるラリー・リーサル<vo>だ。他にもベーシストとして活動したりプロダクションを手掛けたりするマルチタレント的な才能の持 ち主である彼の登場により長き沈黙の後、再び活動を開始したバンドは早速、20曲入りのデモ「Beware Of The Evil Underwear」を翌1998年に発表する。予想を大きく上回る好意的な反応に手応えを感じたバンドは、F.K.?としての活動を本格的に開始するこ とを決意する。メンバーは、ラリーはじめ、ピート・ストーアール<g>、パット・スプラット<b>、テオ<dr>の 4人だ。

こうして活動を開始したバンドは、早速1999年、これまでMESHUGGAHやIN FLAMES、DIMMU BORGIRなどのアルバム制作にも関わってきたダニエル・バーグストランドをエンジニアに迎えファースト・アルバムの制作に入る。わずか9日間でレコー ディングされ、22曲収録したこのアルバム「Metal Moshing Mad」は、パットが当時代表を務めていた自身のレーベル、『Black Diamond Prouctions』からリリースされた。楽しく、フレンドリーでバイオレント、聴いていて思わずモッシュ・ピットに参加したくなるような魅力に溢れた このアルバムはシーンから大きな歓迎をもって迎え入れられ、その後のリリースを受けたライヴでも同郷のTHE HAUNTEDやENTOMBED、MESHUGGAHなどと共演したり、大きなフェスティヴァルに参加する機会に恵まれたが、各メンバーが他に在籍しているバンドにも力を注いだため、活動は徐々にペースダウンしていくこととなる。
バンドが再び本格的に活動再開したのは、2003年であった。この間ドラムがDr. テッド・キラー・ミラーに交代したものの、同年にシングル「Maniac Cop」をリリースし、活動再開への布石を打つと2005年にはセカンド・アルバム「Sometimes They Come Back… To Mosh」をリリースする。前作同様、80年代のスラッシュ・メタルやホラー映画などからインスピレーションを受けながら、あらゆる面でレベルアップした 独自の『ホラー・スラッシュ』を披露したバンドの復帰は歓迎され、GHOULやENGORGEDと共に、バンドにとって初となるアメリカ・ツアー 『Weapons Of Mosh Destruction』を敢行したり、HYADESと共にイタリアでライヴを行うなど、国内外にその名を広めていった。

F.K.Ü.と同時進行で活動している他のバンドのメンバーのスケジュールの都合もあり、活発なペースとは言えないながらも2008年にはシングル 「Horror Metal Moshing Machine」、アメリカのスラッシュ・メタル・バンド、HIRAXとのスプリット「Hirax / F.K.Ü.」をリリースし、ファンに健在振りをアピールしたバンドは、翌2009年、3枚目のアルバム「Where Moshers Dwell」をリリース。テッドが所有する『Blueflame Productions Studio』でレコーディングされ、ラリーの所有する『Great Scot! Audio Studio』にて彼自身の手によってミックスされたこのアルバムは、ホラーとメタルの融合の新たなスタンダードとして認知され、国内のメディア、 『Close-Up Magazine』や『Sweden Rock Magazine』などで高い評価を得ただけでなく、スウェーデンの著名なフェスティヴァル『Sweden Rock Festival』や『Metaltown』、『Getaway Rock Festival』、『House Of Metal』などにも出演、新たにファンを獲得していくことに成功した。

国内でのライヴ活動も行いながらマイペースで活動を継続、曲作りも進め、次なるスタジオ・アルバムに収録する曲を用意したバンドは、2012年、遂 にレ コーディングを開始する。ラリーの新しいスタジオ、『Studio Maskinrummet』にてレコーディングされ、ホラー・スラッシュ・メタル・バンド、F.K.Ü.の名前を一気に世界中のシーンに知らしめる可能性 を秘めた4枚目のアルバム「4: Rise Of The Mosh Mongers」を完成させたバンドは、オーストリアの名門レーベル『Napalm Records』との契約を締結した。同時に前作「Where Moshers Dwell」が同レーベルから再発されることも決定し、バンドに追い風が吹く中、SPIRITUAL BEASTから「4: Rise Of The Mosh Mongers」はボーナス・トラックを追加収録してリリースされた。そして、この日本においてもゾンビ集団が奏でるホラー・スラッシュ・メタル・サウンドでファンを獲得することに成功したのだ。

それから、彼らはまたしても他のバンドのメンバーのスケジュールの都合もあり、活発なペースとは言えないながらも活動を続けたが、そんな中で、ドラマーのDr. テッド・キラー・ミラーが他のバンドでの活動が著しく忙しくなって来たためにバンドから離脱する。その代わりにドラマーとして2016年に加入したのは、スウェーデンのSERPENT OMEGAやSORDID FLESHでも活動する、アンスピーカブル・アンプだ。彼らは、このラインナップでレコーディングに入り、1981年から1989年までの10年間で配信された200以上のスラッシャー映画(殺人鬼映画/スプラッター映画)の記念すべき始まりの年、最高の1981年に特別な賛辞を贈るべく、5枚目のアルバム「1981」を作り上げる。

そのアルバムは、地元スウェーデンのDespotz Recordsから、11月3日にリリースされた。そして、彼らのこのアルバムは前作に引き続き、日本ではSPIRITUAL BEASTより、12月にボーナス・トラックを追加してリリースされることとなった。そして彼らは、このアルバムの日本リリースにさきがけ『Japanese Assault Fest 17』に出演するために初来日し、NYの伝説的バンドTHE RODSやギリシャのCHRONOSPHERE、スウェーデンのAMBUSH、日本のIN FOR THE KILLなどと共演し、その前評判通りのタイトな演奏と独自の世界感持ったスピード感あふれるスラッシュ・メタルで観客を十分に魅了した。

その後も他のバンドのメンバーのスケジュールやパンデミックの影響もあり主だった活動は出来なかったが、これまでで最も決定的でハードな6枚目のアルバム『The Horror And The Metal』を携えて遂にここに帰ってきた。

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